函館地方裁判所 平成11年(ワ)29号 判決 2000年7月13日
原告 大場一雄
被告 国
代理人 石井忠雄 畠山稔 長屋文裕 原克好 石川裕一 伊良原恵吾 田野喜代嗣 小林一延 深川智幸 小林伸二 久保光城 ほか一三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三〇万円を支払え。
第二事案の概要
本件は、通商産業省が開催した大間原子力発電所の設置に関する公開ヒアリングにおいて、函館市在住の原告に意見陳述の機会が与えられなかったのは、憲法一四条に反するとして、原告が被告に対し、これにより原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料につき国家賠償を求めている事案である。
一 前提事実(証拠等は各認定事実毎に末尾に掲記する。)
1 通商産業省(以下「通産省」と略称する。)は、昭和五四年一月二二日付け通産省省議決定「原子力発電所の立地に係る公開ヒアリングの実施について」(以下「本件省議決定」という。)及び左記の内容を含む「原子力発電所の立地に係る公開ヒアリング実施要綱(五四資庁第二五〇号)」(以下「本件要綱」という。)に従い、平成一〇年一〇月二八日付けで、電源開発株式会社が青森県下北郡大間町に設置する原子力発電所に関する公開ヒアリングを開催すること及び意見陳述希望の申出を行うことが可能な者は、青森県下北郡大間町、風間浦村、佐井村又は大畑町に引き続き三月以上住所を有する年齢満二〇歳以上の者である旨官報に告示した上、同年一二月一七日、大間町において公開ヒアリングを開催した(以下「本件公開ヒアリング」という。<証拠略>)。
記
<1> 通産省は、原子力発電所が設置されようとするときは、当該発電所の設置に係る諸問題について、設置予定地点の周辺地域に住所を有する者から意見を聴くとともに、原子力発電所を設置しようとする者に地元住民に対する説明を行わせるなど地元住民の理解と協力を得るため、公開ヒアリングを開催するものとする。
<2> 右周辺地域の範囲は、原則として、原子力発電所の設置予定地点の属する市町村の区域及びこれに隣接する市町村の区域とする。
2 函館市内に居住する原告は、平成一〇年一一月一八日付け内容証明郵便によって、通商産業大臣(以下「通産大臣」という。)に対し、本件公開ヒアリングにおいて意見陳述をする資格を原告に認めるか否かについて回答を求める旨の文書を送付した(<証拠略>)。
3 これに対し、通産省は、同月二五日付け文書により、意見陳述希望の届出を行うことが可能な者は、右官報で告示したとおりである旨回答した(<証拠略>)。
4 大間町と風間浦村、佐井村及び大畑町とは隣接町村であり、大間町と函館市の一部とは、津軽海峡を隔て、直線距離で三〇キロメートルに満たない距離にある(争いがない。)。
二 争点
本件公開ヒアリングを担当した通産省所属の公務員が、原告に対し、右ヒアリングにおける意見陳述の機会を与えなかったことが憲法一四条に違反するか。
三 争点に関する当事者双方の主張の要旨
1 原告
公開ヒアリングの目的は、原子力発電所設置に係る環境問題についての意見聴取を主とするものであり、右環境問題とは、原子力発電所の事故等により放射能を帯びた微粒子が環境中に放出される事態を想定したものであるところ、本件公開ヒアリングにおいて意見陳述をなし得るものとされた居住地域と原告が住む函館市とでは、原子力発電所建設予定地との距離や地勢等からみて、事故が発生したときの影響に差異がないのであるから、函館市は、本件要綱における規定の例外として、「周辺地域の範囲」に含まれるべきである。したがって、函館市を本件ヒアリングの対象地域とせず、原告に意見を述べる資格を与えなかった被告の行為は、憲法一四条に反する違法な行為であり、原告はこれにより被った精神的損害に対する慰謝料を請求する。
2 被告
そもそも、公開ヒアリングの実施によって住民が受ける利益は、公益上の目的から行われる制度によって反射的にもたらされる事実上のものであるから、原告には憲法一四条によって保護される法的利益がないというべきであるが、この点をおいても、公開ヒアリングの目的は、原子力発電所の立地に当たって地元住民の理解と協力を得て、立地の円滑な推進を図ることにあるのであって、原告主張のように、原子力発電所の事故を想定した環境問題についての意見聴取を目的とするわけではない。本件要綱において、周辺地域の範囲を前記のとおり定めたのは、右目的に照らすと、原子力発電所の設置によって、一般的な社会生活上の影響を受ける地域に居住する住民の理解を得ることが肝要であるから、設置予定地点の属する市町村の区域のほか、これに隣接する市町村の区域を対象とするのが適当と考えられたためである。本件ヒアリングにおける対象地域の設定は、右目的に沿ったものであり、原告を不合理に差別した事実はないし、実際、被告は、原告からの問い合わせに対して、原告の住所地が対象地域外である旨伝えただけで、原告をその人格的属性に基づいて別異に扱った事実もない。いずれにせよ原告の請求には理由がない。
第三争点に対する判断
一 <証拠略>によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 原子力発電所の設置は、国の電源開発基本計画の一内容とされ(電源開発促進法二条、以下同法を呼称するときは単に「法」という。)、内閣総理大臣が右基本計画を決定するが、その決定に当たっては、その諮問機関である電源開発調整審議会の議を経ることを要し(法三条一項)、同審議会は、必要があるときは、関係都道府県知事の意見を聴かなければならない(法一一条)。このため、原子力発電所の設置を国の電源開発基本計画に組み入れるに当たっては、当該発電所の設置予定地点が存する地元自治体等との調整を図り、その理解を得る必要が生じる。
しかしながら、原子力発電技術は先端的な要素を含み、また高度かつ複雑であって一般には理解しにくいことなどから、原子力発電所の設置に当たって、地元の合意を得るまでには相当の期間を要することが多かった。そこで、通産省としては、原子力発電所の設置に当たっては、地元の一層の理解と協力が得られるように努め、原子力発電所の立地の円滑な推進を図る目的で、電源開発調整審議会の開催に先立ち、地元において公開ヒアリングを開催することとし、その旨を昭和五四年一月二二日本件省議決定し、本件要綱を策定した(<証拠略>)。
2 原子力発電所を設置しようとする者は、通常の場合、当該原子力発電所の設置が国の電源開発基本計画に組み入れられた後に、通産大臣に対して原子炉設置許可申請を行い(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律二三条)、通産大臣並びに原子力委員会及び原子力安全委員会は、右申請内容について同法所定の要件の具備を審査する(同法二四条)。なお、右原子炉設置許可の申請に対する安全審査の過程では、原子力安全委員会により行われる公開ヒアリングがある。このヒアリングでは、通産省は審査側の立場で申請や審査の内容等を説明し、地元住民の意見を聴くことになる(<証拠略>)。
3 本件公開ヒアリングにおいて意見陳述した者は二一名であり、その内客をみると、大間原子力発電所の建設計画(フルMOX燃料、ABWR型炉)の一般的な安全性、プルサーマル計画を含む原子力発電の経済性及び必要性、地震等の自然災害対策、使用済燃料、放射性廃棄物、防災計画、防災対策、原子力発電所で働く従業員の被爆問題、同発電所の運転終了後の処理、保守運転管理といった、原子力発電所の一般的な安全確保に係る事項についての意見陳述が行われ(もっとも原子力発電所の安全性に関する意見だけをとり上げた者はほとんどなく、他の日常生活上の影響に関する意見と混在しており、また安全性についても一般的な意見陳述にとどまっていた。)、設置者からこれに対する説明がなされた。一方、社会生活上の問題として、水産振興、漁業補償、温排水のコンブ漁等への影響、工事による海等への土砂流出、送電経路、建設工事中及び運転開始後の交通安全対策、工事車両による渋滞対策、道路整備の必要性、情報の提供、連絡体制、地元における雇用の確保及び工事等の発注、地域援興策、地元との共生、動物の保護、風評被害対策といった、原子力発電所が設置されることによる日常生活上の影響に関する意見等が述べられ、これらに対して設置者の対応策が説明された(<証拠略>)。
4 通産省が本件公開ヒアリング開催までに実施した公開ヒアリングの中には、隣接市町村以外の地域を対象とした例もあるが、それらの事例をみるに、いずれも通勤車両を含む資機材輸送の主要な交通ルートに当たることを理由としており、これに加えて温排水の影響範囲内でもあることを理由として対象地域を拡大したものであり、結局原子力発電所の設置による一般的な社会生活上の影響が、隣接市町村以外の地域に及ぶことが予想される場合の事例である(<証拠略>)。
二 以上認定の事実すなわち本件省議決定及び本件要綱において公開ヒアリングの開催を定めた経緯及び趣旨並びに本件公開ヒアリングの実態等に関する事実によれば、本件公開ヒアリングは、原子力発電所の設置に当たり、その設置許可申請が未だない立地段階において一般社会生活上の影響を受ける地元住民に対し意見陳述の機会を与えるとともに設置者に説明の場を設ける等により、その設置に対する地元住民の理解の増進と協力を求める点にねらいがあり、したがって、既に右許可申請がなされた特定固有の原子炉について、安全性の段階において、審査権限を有する行政庁の諮問を受けた専門機関が地元住民の意見を聴取する場でないことが明らかである。
そうすると、本件公開ヒアリングの主たる目的は、大間原子力発電所の事故発生により影響を受ける住民の意見聴取にあるとし、その安全性の観点から、本件公開ヒアリングにおいて意見陳述の機会を与えるべき住民の居住範囲には、原告の住む函館市も含まれるべきであるとして、原告にその機会を与えなかった不平等をいう原告の主張は、そもそも前提を欠き、失当であるというほかはない。
よって、争点に関する原告の主張は採用できない。
第四結論
以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから、棄却を免れない。
(裁判官 堀内明 高梨直純 島村典男)